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2011年2月

2011年2月26日 (土)

2011.2.22クライストチャーチ大震災

ニュージーランド南島の最大都市クライストチャーチ圏で2月22日、午後12時51分に起こった大震災は、26日午後8時現在で死者145人、不明者200人以上というこの国の自然災害史上最悪の被害をもたらし、都市部の6割の世帯はいまだ水道供給なし、25%の世帯が未だ停電している(現地時間)。

stuff.co.nzの更新情報(Christchurch地元紙the Pressの親会社が運営)
http://www.stuff.co.nz/national/christchurch-earthquake/4698487/Christchurch-quake-at-a-glance

地震の規模はM6.3、震度にして6強から7とされる。震源地の港町Lytteltonはクライストチャーチ市中心部から南に10kmと近く、震源の深さが5kmと浅かったことに加え、昨年9月4日午前6時36分に同市の東10kmを震源に起こったM7.4規模の地震(震源の深さは9km)で地盤や建物が弱っていたこと、今回は真昼の震災だったことなど幾つもの悪条件が重なって、極めて甚大な被害となっている。

地震の報は、北島のTaupo滞在中に聞いた。前回の地震が規模の割に甚大な被害に至らなかったこともあり、今回も似たようなものだろうと当初思ったが、状況は全く違っていた。国営放送のONEチャンネルは地震発生からすぐに現地の緊急中継放送体制を敷き、政府は、75人の死亡と300人以上の行方不明者が確認された翌日、ニュージーランド史上初めての国家非常事態(national state of emergency)を発令した。

地震発生から1、2時間後だったか、テレビ中継で崩れ落ちた大聖堂や全壊したCTVビルの映像を観た妻の両親は思わずアーっと声を上げて、顔面は蒼白、しばらく全く言葉が出ないほどショックを受け、テレビ画面を呆然とみつめていた。われわれも同様だった。

Taupoで過ごした休みは地震の日から4日間あったが、2歳の娘がいてくれたのはみなにとって幸いだった。娘を世話をしている間、娘がにこにこ笑って、騒いでいるあいだは、被災地の人たちの生活、いまだ瓦礫のしたに埋まっている人たち、何日も昼夜交替で救助作業に当たっている人たちのこと、山積みになった復興への道のりの長さなど考えなくても良かったから。

金曜日にTaupoからオークランドに戻り、日本のネットメディアで震災報道を初めてみたときに、この地震が日本にとってもいかに被害が大きかったかを知った。

亡くなった人たち、いまも不自由な生活を送っている人たちと前に言えたことではないとは思うが、大学4回生として来週から始まる新学期に緊張と期待で胸を膨らませていた私にとって、クライストチャーチ市にあるカンタベリー大学の学生のことを思わずにはいられない。震災後、大学は当面の全学閉鎖を告知しており、学生の多くはボランティア組織を結成して、長靴を履き、シャベルを持って、連日、被災地で片付けや復旧の支援に当たっているという。また、授業を受けたくても校舎が破壊されてそれどころではない小中高校の生徒たちのことを思うと気の毒でならない。

学生軍、士気高く

http://www.stuff.co.nz/national/christchurch-earthquake/4706698/Student-army-boosts-morale

今回の地震の被害の大きさだけみても気が遠くなるほどなので、6,437人が亡くなった1995年1月17日の阪神淡路大震災がいかに現実離れしていたか。また1993年7月12日の北海道道南西沖地震では死者・行方不明者が230人、2004年10月23日の新潟県中越地震では69人が、2007年7月16日の新潟県中越沖地震では15人がそれぞれ亡くなっている。日本を離れると、2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震の死者数は22万8千人は思考停止の域。

今回の震災をきっかけに、クライストチャーチの復興に対して日本ができることは何かといった論調が目立ってきている。大震災から復興に10年を要した神戸、近年、度重なる被災を経験した新潟など、役立てる何かがきっとあるはず。

2011年2月19日 (土)

ミシンカタカタ

娘が好きな本に「わたしのワンピース」という絵本がある。主人公のうさぎが、空から落ちてきた不思議な布を拾う。その布をミシンでワンピースに仕立てる。ワンピースを着て出かけると、ワンピースの模様が次々と変わり、花柄から、水玉模様、夕焼け、虹、さらには流れ星にまでなってしまうというちょっと壮大な(?)なお話。うさぎが大好きな娘がひところはまった絵本である。

Photo

冒頭、うさぎがワンピースを縫うときに「ミシンカタカタ、ミシンカタカタ」というくだりがあって、リズミカルなので、娘は、その語感が気に入っていたようす。

ところで、保育所までバスで通うときに、娘はきまってバスカードを持ちたがる。読み取り機に入れるのはまだできないので、入れる寸前まで、バスカードを持っていたいのだ。今朝、娘を連れてバスに乗ろうとした妻が、娘にバスカードを読み取り機に入れさせようとして、"Can you put the card into the machine?"といったところ、ふいに娘が大きな声で「ミシンカタカタ、ミシンカタカタ」と言い出したそうな。

そんな話を聞いていて、何気なく、ああミシンってsewing machine、日本語でいえばマシーンだよなあと思い当たり、膝を打った。日本人にとってミシンはミシンであるから普段別にその語源を疑いもしないけれども、娘が直感的につかんだ本来の言葉の意味に、ああ、やっぱり子育ては日々発見の連続だよなあ、としみじみ思ったきょうこのごろでした。

2011年2月14日 (月)

ワークライフバランス(仕事と生活の調和)について

TEDでNigel Marshという人が"How to make work-life balance work"をテーマに話をしています
http://www.ted.com/talks/nigel_marsh_how_to_make_work_life_balance_work.html
最後の2分間はちょっといいこと言っていると思う

2011年2月10日 (木)

忘れてはいけない出来事

2009年8月にカリフォルニア州サンディエゴでトヨタレクサスES350がフロアマットを二重に敷いたことにより暴走し4人が死亡する事故が発生したことに端を発するトヨタ自動車の大規模リコールと業績低迷。米運輸省は、ブレーキペダルが戻りにくくなる原因が電子制御系にあるとの仮説を立ててNASA安全センターの主席エンジニアなどを巻き込んで10ヶ月に及ぶ徹底的な調査を行ってきたが、このほど、電子制御系がいかなる状況下でもブレーキペダルを戻らなくするような不具合を引き起こすことは起こりえないとするシロ判定を下した。

設計、開発にかかわる人たちは、どんな想いでこうした報道に接しているのだろう。

トヨタ車、電子系の欠陥なし(読売新聞) 
http://www.yomiuri.co.jp/atcars/news/20110209-OYT8T00268.htm?from=yoltop

Electronic Flaws Did Not Cause Toyota Problems (NY Times)
http://www.nytimes.com/2011/02/09/business/09auto.html?_r=1&scp=1&sq=toyota%20electronic&st=cse

電子制御「シロ」判定(日経新聞)
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381959FE2EBE2E1918DE2EBE2E0E0E2E3E39C9C91E2E2E2

トヨタ株急伸、売買代金トップ 業績と米運輸省の報告受け(日経新聞)
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819596E2EBE2E3818DE2EBE2E0E0E2E3E38698E2E2E2E2

2011年2月 9日 (水)

卵かけご飯

娘の大好物は卵かけご飯だ。昨年初めて帰省した日本。友人の勤める、なぜか朝食に定評のあるビジネスホテルの朝食バイキングでこれを食べさせて以来、ずっと大好きでいてくれている。食べるときは子供用のお椀で二杯は軽く食べる。いつも食べ過ぎるので、こちらがストップをかけなくてはいけないくらい大好きだ。

一方でニュージーランドの卵事情は、あまりよろしくない。グレード的にはボリュームゾーンのbroiler egg、納屋で飼育しているという意味のbarn egg、そして放し飼いのfree-range eggという、大きく三つの括りがある。英国発のブームか、近年はfree-range eggの需要がかなり伸びており、スーパーの卵コーナーには様々な生産者、ブランドのfree-range eggが並んでいる。しかし、値段はbroilerの軽く3倍はするこれらfree-range eggでさえも、スーパーで買うものは、品質にバラつきがあったりするし、これはすべてのカテゴリーの卵にいえることだが生産日ではなく、消費期限のみ記載されているため、「消費期限マイナス35日」という方程式でおおよその生産日を見当つけるしか鮮度を確かめる手立てがない。

自分が食べる分であればそう神経質にならずともよいが、二歳の娘が食べるだけに、やはり気をつかう。

こうした状況なので、パーマストンノースの妻の実家を訪れたときに食べる卵はいっそう貴重に思える。鶏を放し飼いにしている知人にあらかじめ頼んでおくと前日にとれた分を安く分けてもらえるとのことで、この卵を割ると濃厚な色をした黄身がしっかりもりあがっていて新鮮さが一目瞭然とわかる。

気をつけないといけないのは、たとえ身内であっても、卵を生で食べることに慣れていない人にとっては、卵かけご飯は不快感を与えかねない食事であるということ。去る新年の休みの朝、もりもりと美味しそうに卵ご飯を食べる娘のテーブルからついと席を立った義父は、シャワーを終えて台所に入ってきた妻とすれ違い様に"My stomach turned"とのたまったそうな。

2011年2月 5日 (土)

話す娘

2歳を過ぎた娘がおしゃべりになってきた。英語でも日本語でも、一度聞いた言葉は、大体繰り返す。よく口にする単語は最も接触頻度の高い「マミー」「お父さん」「ラビット」「うさちゃん」を皮切りに、最近は暑いので「麦茶」、大好きな「牛乳」、それから絵本が好きなので「本よむ?」、童謡も好きなので「おんが(音楽)」「CDかく(かける)?」など。

節分の昨日は「桃太郎」と「鬼」が言えた。娘と一緒に作った鬼のお面をかぶって娘の前に現れたら、父親が変装していること自体まったく理解できない様子で、ものすごーく怖がったので、1分と経たず鬼は退散することになったけども。

昨日起こった、ブレークスルーともいうべき出来事は、娘が、生まれて初めて、助詞の「は」をつけてきちんとした言葉が話せたこと。果物の絵本をみていた娘が「これ は みかん」「これ は きうい」「これ は ナナ」「これ は いごちょ(いちご)」と全部の果物を、「これは」をつけて言えた。それまでは「これ みかん」と二つの単語と並べるだけだったが、初めて三つの単語をつなげて言葉が作れた。日本を離れて暮らす娘の日本語の発達を見守る親にとっては、狂喜乱舞して飛び上がるくらいの「快挙」だった。

時を同じくして、車内でもよく掛けている童謡のCDでお気に入りのチューリップの歌の一番が全部歌えるようになった。それからあたまかたひざポンの手遊び歌も歌えるようになった。



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